プロローグ 3
「おかえり。・・・どうしたの、お兄ちゃん。なにかいい事あった?」
「別にねぇけど」
「なんだか嬉しそうだよ?」
嬉しそう、といわれて戸惑う。
どちらかといえば、不機嫌な顔をしていると思ったのに。
『帝光にこいよ』
あの男の自信満々の顔を思い出すと、体が怒りか何かで熱くなった。
帝光にいく。
いって、あの自信を粉々にしてやるのだ。
・・・だから。
だから俺は、サッカーを続けなくてはいけない。
続けなくちゃ、いけないんだ。
『お前にスタメンの・・・・・』
それでも。
神谷には倒さなくてはいけない相手が出来たから、それまでは。
一つだけ開いていなかったダンボールをあけて、スパイクとボールを取り出した。
あの男を倒さなくてはいけないから、だから。
いいんだ。
心と頭を支配していた声が、いつのまにか消えていた。
「それで、話って?」
我が物顔でベッドの上に転がっている男に声をかけると、あっさりとした返事が返ってきた。
「俺、留学止めたから」
「そうか・・・・・・・・・・・・・・・・おい、なんだって?」
「留学止めた。イタリアはあとでいいや」
驚いて振り向く。
幼馴染はいつもとまったく変わらない顔で寝そべって本を読んでいる。
イタリアに行く、と言い出したのは先週の話だ。
言う事もやる事も突飛で、慌てるのは周りだけで、人が何をいおうとものともしない幼馴染が、帝光の正GKの座を捨てて、買い物に行くようにイタリアにいくと言い出したとき。
驚いたことは驚いたが、慌てるわけでも呆れるわけでも止めるわけでもなかった。
いってらっしゃいと言ってやる気にはなれなかったが、しかし人間なんでも慣れである。
長年の付き合いで、知っていた。
この猫のような目をした幼馴染はひどく気まぐれだが、一度口にしたことをコロコロ変える男ではない。どんなに無謀で行き当たりばったりで後先考えてないように見えても、口にしたからには薄笑いを浮かべたままやり遂げるような男だ。
留学するというからには、するのだろう。
その決定に口をはさむ気はなかった。手伝いが必要になったら本人がそういうだろうと、いつもと変わりない生活を送っていた。
それが、止めるとは。
「また、唐突だな。何かあったのか?」
「面白いもん見つけたんだよ。来年帝光に来るはずだから、留学はそのあとだな」
「京悟・・・俺にわかるように話してくれ」
さっぱりわからん、と訴えると、幼馴染は今日あった面白いこととやらを話し出した。
「つまり、お前は。見知らぬ人にけんかを吹っかけたあげくナンパをしたわけか?」
「おー順司。よくわかったな、さすが帝光学園の次期エースだ」
「しかしその中学生がうちに来るとは限らないだろう。普通、そんな目に会った後じゃ行きたくなくなるんじゃないか?」
「いや、来るね。何ならこのマーボ君をかけてもいい」
「それは俺のだ」
憮然として言うと、草薙は爆笑した。
「それにしたって、そんなことくらいでお前が留学をやめるとはな」
「そんなことじゃねえよ。順司も見ればわかる」
「そんなに見込みがあるのか?」
「そうだな、うまくいけば世界くらい取れるかもな」
岩上は目を見張った。
自信過剰でも、嘘をつくことはない男がそこまで言うとは。
「でもそこじゃない。価値があるのは必死だからだ。それでも必死で立っているから、価値があるんだよ」
「京悟、日本語を話せ」
だがそれ以上は笑うだけで何も言わなかった。
本人も気づいていないようだったけれど。
それでも必死で立っている姿は炎のようだった。
ここまでおいで。
そうしたら、お前の鍵を一緒に探してやるよ。
マーボ君は手のひらサイズのぬいぐるみです。豆腐の形をしています。
なんでそんなものが順司の部屋にあるかというと、私のイメージ順司は京悟より変な人だからです(笑)
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